町の位置

更新日:2021年04月01日

沿革

安積親王(聖武天皇第五皇子)陵墓をはじめ、古い時代の遺跡、地名などが随所に残っており、弥生時代には、この地にも集落が形成されていたことが推測されます。

奈良時代には、恭仁京と紫香楽宮を結ぶ交通路として開けました。そして、平安時代から鎌倉時代には、この地は、和豆香杣之荘、和束荘などと呼ばれ、主に寺社の用材を伐り出すための領地となっていましたが、江戸時代の初期、二代将軍秀忠の娘が天皇の中宮となられたとき、この地を化粧料として朝廷へ献上され、皇室の直轄地「禁裏御料地」として、独自の文化を育んできました。

昭和28年8月には、南山城大水害により、多大の被害を受けましたが、その後、昭和29年に西和束村・中和束村・東和束村が合併して和束町が誕生し、昭和31年には湯船村を編入して今日に至っています。

水と緑が生きている自然豊かな町

 和束町は相楽郡の東部にあり、町の中央を和束川が流れ、古くは興福寺などの荘園として繁栄しました。また、宇治茶の主産地としても知られ、煎茶の生産量は京都府下第1位を誇っています。豊かな自然を生かした公園や遊歩道なども整備がすすめられ、やすらぎと憩いの場として訪れる人が増えてきています。

近畿圏における和束町の位置

京都府の南部、滋賀県甲賀市に接する位置に和束町があります。

位置

  • 東経135度54分28秒
  • 北緯34度47分32秒

面積

  • 64.93平方キロメートル
  • 東西15キロメートル
  • 南北10キロメートル

土地の利用状況

  • 総面積 6,493ヘクタール
  • 農地 607ヘクタール
  • 山林 4,949ヘクタール
  • その他 937ヘクタール

人口・世帯数

  • 人口 4,234人
  • 男 2,007人
  • 女 2,227人
  • 世帯数 1,728世帯

(2016年1月1日現在)

この記事に関するお問い合わせ先

和束町役場 総務課

電話番号:0774-78-3001
ファックス:0774-78-2799

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