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ようこそお茶のまち和束町(茶源郷)へ

[2013年4月22日]

 

 和束町のホームページをアクセスしていただきありがとうございます。
 

 本町は京都府南部に位置しその面積の75パーセントが山林で占める山間の町で、奈良朝のころは、聖武天皇の恭仁京と紫香楽宮の造営によって、この地に恭仁京東北道が開設され、両都を結ぶ要衡として拓け、「和豆香杣之荘」や「和束荘」と呼ばれていました。また豊かな山林資源は、寺社建築のための用材として用いられ、東大寺や興福寺の荘園として繁栄しました。その後1621年徳川秀忠の娘が中宮となる時、この地を朝廷に献上したため、禁裏御料地となり、皇室直轄地として明治になるまで独自の伝統を生み出しました。

 

 また本町の基幹産業でもあるお茶の歴史も古く鎌倉時代にもさかのぼり、当時の海住山寺(木津川市)住職の慈心上人によって伝えられたといわれています。今日では京都府における栽培面積の40パーセントを占めるなど,宇治茶の一大主産地にもなっており、山背に広がる茶畑の景観においては京都府の景観資産や文化的資産としても登録されています。これら農村空間は「茶源郷」として私たちだけでなく、きっとご来訪者の皆様の心も癒してくれると思います。

 

 今回のご縁により私たちの町「和束町」の様々な情報をご覧いただき、是非「茶源郷和束」へお訪ねください。 心よりお待ち申し上げます。

 

 

 





    和束町長  堀  忠 雄


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